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大阪地方裁判所 昭和51年(モ)12730号 決定

申立人 関西電力株式会社

相手方 大阪府

主文

一、相手方は大阪府衛生部の保管する別紙一記載の各文書を当裁判所に提出せよ。

二、申立人のその余を申立を却下する。

理由

第一、申立人(被告、以下単に被告という)は相手方に対し、別紙二記載の各文書を提出せよ、との文書提出命令を求めた。申立の理由は別紙三に記載のとおりである。

第二、原告らの意見は別紙四に記載のとおりである。

第三、当裁判所の判断

一、相手方は審尋において被告がその所持者と主張する大阪府衛生部においては、別紙二、5記載の文書中大阪府健康調査専門委員会の議事録は保管所持しないと主張し、他に相手方が右議事録を所持することを認めうる証拠はないので、相手方の所持しない右文書についての提出命令申立はその余の判断をするまでもなく却下すべきものである。相手方は衛生部において右議事録を除く別紙二記載の各文書(これを総称して以下本件文書という)を保管所持していることは審尋等によりこれを認めることができる。

二、被告は本件文書は挙証者被告と所持者大阪府との間の被告の多奈川第二火力発電所(以下第二火力という、尚、旧発電所を第一火力という)建設に対する大阪府知事の同意をめぐる行政上の法律関係、ないしは右同意の条件として被告と大阪府との間に締結せられた公害防止協定に基づく法律関係を形成するに至つた過程において作成せられたものであると主張するのでこの点について検討する。

(一)  民訴法三一二条三号後段にいう挙証者と所持者との法律関係につき作成された文書とは両者間に成立する法律関係それ自体を記載した文書だけではなくその法律関係に関係ある事項を記載した文書ないしはその法律関係の形成過程において作成せられた文書をも包含すると解すべきものである。

(二)  本件文書が右に該当するか否かを決めるについて、被告の大阪府知事に対する第二火力建設の同意の申入れの頃から大阪府知事の同意と公害防止協定締結に至るまでの経過を本件記録によつて簡単にみることにしたい。

1、被告は昭和四五年三月三〇日岬町長との間で第二火力建設についての協定を締結した。

2、被告から昭和四五年一〇月一二日大阪府知事に対し、六〇万KW四台の第二火力建設の同意を申入れ、公害防止対策については関係当局の指導をえて万全を期する旨を述べた。

3、大阪府知事(佐藤義詮)は昭和四五年一〇月二一日大阪府公害対策審議会(以下府公対審という)に対し第二火力に開する公害の未然防止の方策について諮問した。

4、被告は昭和四六年九月二九日大阪府知事(黒田了一)、岬町長に対し、第二火力の公害防止対策(亜硫酸ガス対策、窒素酸化物対策その他)について改善策を申し出、これによつて審議と同意を求めた。

5、府公対審ではその頃、第二火力建設に伴う公害の未然防止の方策についての審議方法を検討し、専門委員会、分科会を設けて調査、検討することとし、その後、専門委員会、分科会において多数回にわたり審議、検討を行つた。

6、昭和四五年秋頃から昭和四九年頃にかけて、第二火力建設反対の多くの住民や団体が、被告、岬町、大阪府に対し、デモ、抗議、じか談判、署名等の激しい反対運動を行なつた。

7、府公対審においては第二火力建設問題に関して総合調査の一環として岬町住民の健康調査、環境汚染の影響を調査し、把握することを適当と考える旨の提案が出たので、これを受けて大阪府において右着想を適切であるとして第二火力建設問題に関連して、これを含めて第一火力の影響について他の地区との比較を兼ねて昭和四七年二月から岬町深日、多奈川地区の四〇才以上の住民に対し環境調査等からなる総合的調査を実施することになり、この調査の一環として同月から四月にかけて健康調査を実施したこと、右健康調査は岬町地区組織を通じて四〇才以上の全住民四七六九名にアンケート用紙を配布して質問事項に記入させ、三八五四名から回収し(回収率八〇・八%)、つづいて右アンケートを集計して右アンケートで「せき」や「たん」が三ケ月以上続くと訴えた人及びぜんそく様発作があると訴えた人八四七名を対象として呼吸機能を中心とする医学的検査(問診、身体計測、一般検診、呼吸機能検査、胸部X線検査等)を行い、内四一二名が受診したこと、

8、大阪府衛生部は昭和四七年六月一三日右の経過と調査結果を同日付岬町地区の住民健康調査結果についてと題する書面を以て報告し、その調査結果報告書には慢性気管支炎症状を訴えた者の比率(有症率)は調査地区全体では表1に示したように男子が九・九%、女子が三・九%、男女合せて六・六%であつた。調査地区内では表2に示すように多奈川発電所、新日本工機に近接するD、E地区において有症率が高く、C、B、Aの順に低くなつている。慢性気管支炎有症者中の閉塞性障害者の占める割合、或いは「たん」の性状等の病態は、これまで調査した地区の慢性気管支炎有症者の病態と同様であつた。今回の調査結果と大気汚染状況との関係、更に汚染源と有症率との因果関係等については環境データの整備等により今後更に検討をすすめる必要がある………と記載され報告されたこと、

9、右住民健康調査は第二火力建設を直接の動機とし、これに関連して行われたものであるが、大阪府がこれを行いうる法的根拠は公害対策基本法五条、大阪府公害防止条例四条、九条、一一条、一三条、一八条等による大阪府や府知事の義務に基くものと解せられるのでその結果作成せられた本件文書は、法令上その作成そのものを義務づけた明文は見当らないけれども、右条例一三条、一八条は調査の結果の各種の文書の作成を予定せられたものと解せられるので、法令上作成を予定せられたものと同視することができると考えられる。

10、府公対審は昭和四八年七月六日府知事に対し先の諮問(昭和四六年七月二三日)に対し、第二火力の建設に伴う公害の未然防止の方策について答申した。その要旨は被告の公害防止対策では不十分というものであつた。

11、府知事は昭和四八年七月二三日被告に対し、被告の第二火力建設についての公害防止対策では不十分であり大阪府環境管理計画との適合性等についても検討した結果同意できない旨の通知をした。

12、被告は第二火力の公害防止対策に関し、右の前後頃から第一火力を含む既設発電所の公害防止対策の改善として窒素酸化物、硫黄酸化物の低減方法を実施した。

13、府知事は昭和四九年五月一日最終見解として地元岬町が了解し、被告が府と公害防止協定を締結して府提示の条件に従うのであれば六〇万KW二基の規模での建設を認めるのが適当である旨の条件付同意が示された。

14、被告は昭和四九年五月二日岬町と、同月六日大阪府と各公害防止協定を締結して府知事の条件を充たした。

15、被告と大阪府との第二火力建設に伴う公害防止協定の内容の要旨は第一、二火力の建設、操業に伴う公害その他環境上の障害の未然防止の目的をうたい、対象を被告の堺港、三宝、春日出、大阪各発電所にまで拡げ、操業開始の条件、排出汚染物質総量制限、使用燃料に関する制限、大気、水質、騒音の連続測定、記録、大阪府への報告の義務、違反の場合の大阪府の操業停止等を命じうる権利、被告の無過失損害賠償義務等を協定している。

(三)  大阪府との公害防止協定の締結は府知事の同意の条件とされたものであるところ、第二火力建設(電源開発)についての地元府知事の同意の法律上の意味を考えるに、一般に電気事業者が新たに発電所を建設する場合、直接的には電気事業法八条による通産大臣の電気工作物の変更(同法六条二項四号所定の「設置の場所、原動力の種類、周波数、出力」についての追加的変更)の許可を得なければならないが、一方、電源開発促進法三条は「国土の総合的開発、利用及び保全、電力の需給その他電源開発の円滑な実施を図るため」内閣総理大臣は電源開発調整審議会(以下電調審という)の議を経て電源開発基本計画を決定し、かつ公表しなければならない旨を定めており、電気事業法八条の許す基準として同法五条(特に同条六号「その他その電気事業の開始が電気事業の総合的かつ合理的発達その他公共の利益の増進のため必要であり、かつ適切であること」)が準用されていることにより発電所建設(電源開発)に関しては右基本計画に組入れられない限り、電気事業法八条の許可を得ることができないという行政上の運用がなされている。そして電源開発促進法一一条は「審議会はその所掌事務を処理するため必要があるときは関係都道府県知事の出席を求め、その意見を聞かなければならない」旨を定め、地元知事の同意を必ずしも要件とはしていないが、電源開発に関する近時の中心的課題が地元の環境問題であるため経済企画庁は基本計画の案を作成するにあたり、地元知事に対し各個別計画地点を基本計画に組入れることについての意見を照会し、知事から同意の回答のあつた地点に限り当該年度の基本計画案に組入れるという行政運用が確立されており、また実際上は電気事業者は地点調査の段階から直接地元知事に対し、計画概要を提出して同意の申入れを行つているのが通常である。然して本件においては被告は昭和四五年一〇月一二日同意を申入れ、府知事は昭和四九年五月一日条件付同意をしたが、行政手続上からすれば府知事の同意は法令上規定された行政処分ではなく発電所建設について直接法令上の根拠を与えるものではなく、従つてたとえ右同意を得ることが行政運用上確立されているとしても、府知事の同意は被告と大阪府との間に特定の権利義務関係、法的地位を発生させるものではないと解せられる。よつて被告の大阪府と被告間には第二火力建設同意をめぐる行政上の法律関係があるとの主張は採用できない。

(四)  然しながら被告と大阪府との間に締結せられた公害防止協定は右認定のような内容であつて民事契約としての拘束力を持つものであり両者間に公害防止協定に基く特定の権利義務関係、法律関係の発生をみたものと認められる。

(五)1、右のように本件文書は第二火力建設に伴う公害の未然防止の方策決定について第一火力の岬町住民の健康に対する影響の調査、他地区との比較を行つた文書とこれを解析説明した文書であり、集計と解析の結果は公表せられており、当時すでに大阪府公害防止条例が施行されていたから、これら文書は、大阪府において、被告の業種からみて被告と、公害の発生や防止について適切な法律関係の形成を予定して作成したものと推認できる。

2、前記事実関係によると本件文書と解析の結果が公害防止協定の締結にあたり資料の一部とせられ、その程度は別としても影響を与えたこと、仮りに、アンケート調査及び医学的調査による有症率が、真実零%(又は証人清水忠彦のいう二・五%以下)であるならば右と異つた公害防止協定が締結せられたであろうこと、また仮りに、有症率が真実一〇〇%であるならばこれまた右と全く異つた公害防止協定が締結せられたであろうこと、被告が本件文書の記載内容について実質的利害関係を有することを推認することができるので本件文書は公害防止協定の法律関係の形成過程において作成された文書ということができる。

三、ところで民訴法三一二条以下の規定による文書提出義務は当該文書の所持者に対する私法上の義務ではなく公法上の義務であり民事裁判における真実発見のため必要な書証を一定の要件のもとに提出させて裁判所の判断の資料に供させ、裁判の適正化に資せんとする目的を持つものと解せられるが民事裁判が当事者間における権利義務の確定を目的とするものであることや証言拒絶権との比較からみてもその提出によつて公共の利益、秘密、第三者や当事者のそれらが不必要に侵害されることを防止する必要があるが、右のような問題は程度の問題と考えられるので夫々の事情を比較衡量して決められるべきものであろう。

(一)  原告らは昭和三一年建設の被告の第一火力から排出する大気汚染物質が附近住民の原告らに到達し、これによつて原告の一部は慢性気管支炎等に罹患したとして不法行為により損害賠償と原告の一部は明確ではないが不法行為等により第二火力の運転禁止を求め、右アンケート調査結果の有症率をも主張立証の一つの根拠としており、被告はこれらを争いアンケート調査結果の信頼性を否定しこれの再検討と医学的調査結果(問診、喀痰検査、胸部X線検査等)との対比によつて前者の有症率を否定しうるものとしているので右調査の再検討は反証となりうる可能性もあり、被告主張の本件文書の検討をする必要性を否定することはできない。

(二)  原告らは本件1、2の文書提出によりアンケート調査に回答しまた医学的調査に応じた住民らの私的秘密が侵害されると主張し所持人である大阪府は本件文書全部について原告らと同様の主張及び府の環境行政に悪影響を及ぼす旨と住民らと公開しないこと、目的外に利用しないことの約定の締結を主張するところ、

1、住民の秘密の侵害の点につき、アンケート調査についてみると、その用紙(甲三一号証の二)はI及びIIはせき、たんの症状により慢性気管支炎の自覚症状の有無、III はぜんそく発作の有無、IVは喫煙の有無等、また回答者の氏名、年令、現住所、職業を記載するようになつており、右用紙にこれらを記載した本件1の文書は回答者の私的秘密を記載したものであるからこれが全面的に公開されると原告ら以外の第三者(大部分は第三者と推認できる)である回答者の私的秘密の侵害が認められるとともに個人を特定しうる部分(氏名、生年月日のうち月日、住所のうち番地、職業、電話番号)を取除けば、回答者が三八五四名の多数にわたること、回答内容が丸印を付する等の簡単なものであるから個人の特定は不可能でありその秘密を侵害する危険はない。従つて大阪府は右の個人特定部分の提出を拒みうると解せられるが両部分が不可分一体の場合は全部の提出を免れず、裁判所の証拠調べの際に特段の配慮を加えるほかはない。このようにすれば大阪府主張の環境行政に悪影響を及ぼすことはなく、その主張の約定を認めうる確証はないが、これが認められるとしても前記配慮もなされているから右約定の存在を以て直ちに拒否する理由とはならないものと考える。

被告はアンケート調査の原資料の提出につき氏名、住所のうち番地を抹消した複写物でも可とするがこれを所持しない大阪府(昭和五二年六月二〇日付回答書参照)に対し新たな義務を課することになる右のような複写物の提出を命ずることはできない。

ところで本件2の文書は医師の診断書検査書のような内容であつてアンケート調査よりはるかに詳細であり、受診者の数も四一二名であるから右の程度の配慮では個人の秘密の侵害の危険は去らず、それ以上の配慮は殆ど文書の価値を無にするものと考えられるので大阪府に提出の義務はない。

2、本件3、4、5の文書のうち本件3の調査対象者名簿は右住民健康調査に応じた者の名簿であるが、個人特定部分を除くと意味が無くなるので大阪府は提出義務を負わないと考える。その余の文書はそれが提出されても個人の秘密を侵害したり行政目的阻害等となるわけはないので提出させることとする。(内容の何処かに個人を特定しうる記載があれば提出後に配慮せざるを得ない。)

四、以上のとおりであつて、被告の申立にかかる文書中、相手方たる大阪府の所持しない別紙二記載の5の文書中昭和四七年六月一三日開催の大阪府健康調査専門委員会の議事録、及び相手方が文書提出義務を有しないと認められる本件2の文書、同3のうち調査対象者名簿を除き相手方はこれを提出する義務がある。但し、本件1の文書は、その記載内容のうち、回答者の氏名、住所のうち番地、職業の記載(電話番号の記載があればその記載)を除いたその余の部分につき提出義務があり、右が不可分の場合には右文書全部を提出する義務がある。

よつて、被告の申立は右の範囲においてこれを認容し、その余を却下することとして主文のとおり決定する。

(裁判官 林繁 砂川淳 福島節男)

別紙一

文書の標目

大阪府衛生部が昭和四七年二月から四月にかけて、岬町深日、多奈川地区において実施した、慢性気管支炎症状に関する住民健康調査にかかる左の資料

1、アンケート調査票の原資料中各回答者の氏名、住所のうち番地、職業の記載(電話番号の記載があればその記載)を除いたその余の部分、但し、右除外すべき部分が原資料と不可分の場合は原資料全部

2、別紙二、3記載の調査、検査の集計表および他地域との比較表ならびに日程表、検査実施状況一覧表等の資料

3、プロトコール(岬町地区住民健康調査実施要領)

4、昭和四七年六月一三日開催の大阪府公害健康調査専門委員会に提出された資料

別紙二

文書の標目

大阪府衛生部が、昭和四七年二月から四月にかけて、岬町深日、多奈川地区において実施した、慢性気管支炎症状に関する住民健康調査にかかる左の資料

1、アンケート調査票の原資料

2、問診表、喀痰検査、胸部X線検査、スパイロコンピユーターによる呼吸機能検査の原資料およびそれらの結果を記載、添付してある慢性気管支炎カルテ

3、1および2の調査、検査の集計表および他地域との比較表ならびに日程表、検査実施状況一覧表および調査対象者名簿等の資料

4、プロトコール(岬町地区住民健康調査実施要領)

5、昭和四七年六月一三日開催の大阪府公害健康調査専門委員会に提出された資料ならびに右委員会の議事録

別紙三

申立の理由

一、証すべき事実

岬町深日、多奈川地区における慢性気管支炎症状に関する住民健康調査の実態

二、文書の標目

別紙二に記載のとおり

三、文書の所持者

大阪府衛生部

四、文書提出義務の原因

(一) 別紙二記載の文書は民訴法三一二条三号の文書に該当する。即ち現行民訴法三一二条三号は旧民訴法三三六条二号及び同三四三条前段に由来するものであり、更に右旧民事訴訟法の規定はドイツ旧民事訴訟法第三八七条及び三九四条を翻訳的に継受したものである。そして旧民事訴訟法の右規定から現行民事訴訟法第三一二条三号への改正は、旧規定における不明確さ(ドイツ旧民事訴訟法における如き例示を欠いている)を補なう目的で母法であるドイツ法(改正時点ではドイツ民法八一〇条)の文言への接近を企図したものであることは疑いない。しかしながら、旧民事訴訟法におけるいわゆる共通文書の外延につき、ドイツ民法においては「自己ト他人トノ間」とされており、ここにいう「他人」とは必ずしも文書の所持者とは限らないから、その「他人」が挙証者の相手方当事者で文書の所持者が当該訴訟にとつて局外者という場合も右の文言の中に明らかに包含されているのに対し、現行民事訴訟法第三一二条三号後段では「挙証者ト文書ノ所持者トノ間」とあつて文言上右の場合について疑問を残している。ところが、旧民事訴訟法当時において、既に「挙証者及び他人間ニ成立シタル法律関係ヲ記載シタル証書タルニハ、挙証者及ビ証書ノ所持者間ニ於ケル法律関係ヲ記載シタル証書タルコトヲ要セス。挙証者及ヒ証書ノ所持者以外ノ第三者ノ間ニ於ケル法律関係ヲ記載シタル書面タルヲ以テタレリトス」(松岡義正「民事証拠論」四七五頁)との解釈が確立されていたのであつて、現行民事訴訟法への改正にあたり、右解釈をことさらに排除する趣旨で現三一二条三号の法文が構成されたものとは到底考えられず、また、実質的にも挙証者と所持者以外の第三者との間の法律関係文書と、挙証者と所持者との間の法律関係文書(何れも所持者が当該訴訟の局外者である場合)とを比較した場合、後者を認めながら、前者を排除する理由は全くない。右考察からすれば、現行民事訴訟法第三一二条三号は改正立法の際の不手際から文言上の明確性を欠いているが、ドイツ旧民事訴訟法以来の伝統であるいわゆる共通文書に属するものとして「挙証者及ヒ証書ノ所持者以外ノ第三者ノ間ニ於ケル法律関係ヲ記載シタ書面」を含み、したがつて、挙証者と(所持者でない)相手方当事者との間の法律関係を記載した書面を所持する第三者は右三一二条三号前段の適用もしくは同号後段の類推適用により当該文書の提出義務を負うものである。そして本訴において、原告らは被告の第一火力から排出された汚染物質によつて岬町およびその周辺の大気が汚染され、その結果原告ら岬町住民の間に閉塞性肺疾患の多発現象を生じたと主張し、大阪府衛生部の行なつた本件健康調査結果を主張の柱として援用しており、右多発現象の存否及びその原因が本訴における大きな争点をなしていることはいうまでもなく、右文書は原告らの主張する大気汚染・健康被害を理由とする被告との間の不法行為及び差止請求の法律関係について記載された文書として、民事訴訟法三一二条三号によりその所持人たる大阪府は提出義務を負うものである。

(参考)

旧民事訴訟法(一八九〇年公布、一八九一年施行)

第三三六条 相手方ハ左ノ場合ニ於テ証書ヲ提出スル義務アリ。

第一、省略(現行第三一二条二号に相当)

第二、証書カ其旨趣ニ因リ挙証者及ヒ相手方ニ共通ナルトキ

第三四三条 第三者ハ挙証者ノ相手方ニ於ケルト同一ナル理由ニ因リ証書ヲ提出スル義務アリ(後段・略)

ドイツ旧民事訴訟法(一八七七年公布、一八七九年施行)

第三八七条 相手方当事者は、次の各場合に、申立に記載されたその所持する文書を提出する義務を負う

一、省略

二、文書がその内容上挙証者と相手方に共通なものであるとき

次の文書は、とくに、挙証者と相手方との間に共通とみなす

(イ) 挙証者の利益のために作成された文書

(ロ) 相互の法律関係が記載されている文書

(ハ) ある法律行為の当事者双方またはその一方と双方に共通の媒介人との間に交された協議文書

第三九四条 第三者は挙証者の相手方に課せられると同一の範囲においてその所持する文書を提出する義務を負う

ドイツ現行民法(一八九六年公布、一九〇〇年施行)

第八一〇条 他人ノ占有ニ在ル証書ノ閲覧ニ付法律上ノ利益ヲ有スル者ハ、証書カ自己ノ利益ニ於テ作成セラレ、又ハ証書中ニ自己ト他人トノ間ニ存スル法律関係カ記載セラレ又ハ証書カ自己ト他人トノ間若ハ其ノ一方ト共同ノ媒介人トノ間ニ為サレタル法律取引ノ商議ヲ包含スルトキハ、占有者ヨリ閲覧ノ許可ヲ請求スルコトヲ得

ドイツ現行民事訴訟法(一八九八年公布、一九〇〇年施行)

第四二二条 相手方ハ、挙証者カ民法ノ規定ニ従ヒ、証書ノ引渡又ハ提出ヲ求メ得ヘキトキハ、其ノ証書ヲ提出スル義務ヲ負フ

第四二九条 第三者ハ、挙証者ノ相手方ニ於ケルト同一ナル理由ニヨリ、証書ヲ提出スル義務ヲ負フ(後段・略)

(二) 右文書は挙証者たる被告と所持者たる大阪府との間の法律関係につき作成された文書たる性質をもち、民事訴訟法第三一二条三号に該当する。即ち、被告は第二火力の建設に先立ち、行政上の必要手続として大阪府知事に建設同意を申し入れ、その同意を得たが、本件文書はその同意に関する審査過程において大阪府自らが行なつた調査に際し作成されたものであるから、被告・大阪府間の右建設同意に関する行政上の法律関係ないしは右同意の条件として被告・大阪府間に締結された公害防止協定に基づく法律関係の形成過程において作成された文書である。

1、第二火力建設に関する大阪府知事の同意と被告・大阪府間の法律関係

一般的に発電所建設に関しては、電源開発促進法がその基本法をなしており、同法第三条には「国土の総合的開発、利用及び保全、電力の需給その他電源開発の円滑な実施を図るため」内閣総理大臣は電源開発調整審議会(以下電調審という)の議を経て電源開発基本計画(以下基本計画という)を決定し、かつ公表しなければならない旨定めており、右基本計画に組み入れられない限り、発電所建設については電気事業法第八条に定める通産大臣の許可を得られない法制となつている。右基本計画が電調審に付議され、内閣総理大臣により決定されるまでの行政上のプロセスは次のとおりである。

(イ)、経済企画庁において、将来の電力需給見通し、電源構成等を考慮した長期の電源開発の目標(原案)を作成する。

(ロ)、電気事業者は年度の開始前に当該年度以降の二年間について電気工作物の施設計画を作成し、通産大臣に届出ることになつており(電気事業法第二九条)、通産省はこれを参考として基本計画案に組み入れる候補地点案を作成し、経済企画庁に提出する。

(ハ)、経済企画庁は、右候補地点案に基づき、(イ)の長期目標に対応する当該年度の電源開発計画案を作成してこれを関係各省庁(大蔵省、文部省、厚生省、農林省、通産省、運輸省、建設省、科学技術庁、環境庁、国土庁)に提示し、それぞれ所管事項の分野からの原案の検討を求める。

(ニ)、関係各省庁の同意が得られた後、各個別計画地点について経済企画庁から地元府県知事に対し、当該地点を基本計画に組み入れることについての意見を照会し、これに対し知事から同意の回答を得たうえ、当該年度の基本計画案を作成する。

(ホ)、右基本計画案が電調審に付議され、その答申を得て内閣総理大臣により基本計画が決定され、公表される。

右(ニ)の地元知事の同意は、電源開発促進法第一一条は「審議会はその所掌事務を処理するため必要があるときは関係都道府県知事の出席を求め、その意見を聞かなければならない」とし、「必要があるときは」との限定を付しているが、電源開発に関する最近の中心的課題が地元の環境問題であることに鑑み、右(ニ)のように基本計画案作成にあたつては必ず地元知事の意見を照会し、異議ない旨の回答を得たものに限り当該年度の基本計画に組み入れるという行政運用が確立している。なお、実際上は、電気事業者は地点調査の段階から、直接地元知事に対し計画概要を提出して同意の申し入れを行なつているのが通常であり、本件もその例にもれない。このように、発電所建設に関して、地元知事の同意はその決定に至る行政運用上の過程で実質上最も重要な地位を占めるものであり、知事は電気事業者から提出された公害防止対策を含む建設計画につき、主として公害対策基本法第五条及び一八条に定められた「当該地域の自然的、社会的条件に応じた公害の防止に関する施策を策定し及びこれを実施する」立場から慎重な調査を行ない同意の可否を決定するのであるから、右知事の同意は、電気事業者の電気事業諸法令上のみならず環境諸法令上の法的地位をも決定する意味を有するものであり、電気事業者が知事に対し、行政プロセスの一環として電源開発に関する同意を求め、知事が調査に基づきその可否を決定する関係に立つことは、前記の如く行政運用として確立されている以上、両者間に同意をめぐる行政上の法律関係が存することに外ならない。また、本件においては、大阪府知事が、地元岬町が大阪府の判断を了解し、被告が大阪府との間に公害防止協定を締結することを条件として、第二火力の一二〇万キロワツトの規模での建設に同意し、被告において右条件をすべて履践したことにより第二火力は昭和四九年度の基本計画に組み入れられ、電気事業法その他の法令に基づく所要の許認可を得て着工に至り、その過程において、被告は右同意の条件とされた公害防止協定を大阪府との間に締結し、大阪府との間に右協定に基づく法律関係を形成するに至つたものである。

2、本健康調査と大阪府知事の同意との関係

被告は、昭和四五年一〇月一二日大阪府知事に対し第二火力の建設同意を申し入れ、知事は、同年一〇月二一日第二火力に関する公害未然防止の方策について大阪府公害対策審議会(以下公対審という)に諮問を行なつた。その後、知事の改選があり、昭和四六年四月就任した黒田現知事は、同年七月二三日、公対審に改めて同様の諮問を行なつた。公対審では同年一一月二四日の専門委員会において、第二火力の建設に伴なう公害の未然防止の方策について各分科会ごとに審議することを決め、次いで大気汚染分科会において、岬町における人体影響調査の実施について検討し、これに基づき大阪府衛生部により本健康調査即ち昭和四七年二月岬町深日、多奈川地区に居住する四〇才以上の住民を対象とするアンケート調査が実施され、更に、同三、四月に右アンケート調査に対する有症者の一部について検診が行なわれた。この大阪府衛生部の実施した健康調査は「関西電力多奈川発電所問題に関連して」実施されたものであり、公対審が知事の諮問に答えるため積極的にその実施を要請したものである。右アンケート調査及び検診によつて得られた資料に基づき、昭和四七年六月一三日、大阪府衛生部によつて「岬町地区の住民健康調査結果について」がまとめられ、さらに府下他地区の住民健康調査結果と併せて「大気汚染に関する府下住民健康調査(慢性気管支炎症状調査)成績の解析」が作成され、この解析は公対審における審議の重要の基礎をなしたことは、公対審専門委員会の昭和四八年五月二三日付調査審議報告書の「別添調査資料」目次の冒頭に掲げられていることから明らかである。公対審は専門委員会の右報告書をうけて、同年七月六日、知事に対し「多奈川第二発電所の建設は伴なう公害未然防止の方策についての答申」を行ない、知事はこれに基づき同年七月二三日被告に対してその時点における被告の公害防止対策では不十分で同意しかねる旨を表明した。さらに、その後、大阪府の環境管理計画の決定とそれに適合せしめた被告の改善計画の提出を経て最終的には同四九年五月一日の大阪府の最終見解に示された知事の条件付同意に到達した。以上のように第二火力の建設同意に関する知事の判断は終始公対審の調査、審議に基礎をおいてなされ前記のように、公対審は本健康調査の実施を積極的に要請し、それにより得られた資料は公対審の審議の重要な基礎となつたものである。

五、立証の目的及び必要性について

(一) 本訴においては、原告らのいう「閉塞性肺疾患の多発現象」が岬町深日、多奈川地区において存在するかどうかがまず確定されるべき事実であり、右事実の存否を確定するにあたり本健康調査はほとんど唯一の参考資料である。そして、右文書はその実態を明らかにし、かつその結果の信頼性検定の根拠となりうる絶対最良のものであるから、その全貌が明らかにされ、両当事者において自由にこれを参照できる状態になつていてこそ、右事実の存否についての公正かつ客観的な立場からの議論がなされうるものであり、その意味において実体的真実発見を目指して反証活動を予定している被告にとつて是非とも参照することが必要なものである。被告は、右見地から昭和四九年一二月一六日付をもつて右文書の送付嘱託の申立を行ない、原告らは右申立に対し、これに反対して「本訴において、今後本健康調査の担当者等に対する証人尋問その他の方法により本健康調査の正確性、信用性をあますところなく立証する予定である」旨を述べた。しかしながら、その後に行なわれた常俊義三、清水忠彦の両証人についてなされた尋問によつては本健康調査の正確性・信用性が立証されたとは到底言い難い。その詳細は、被告の昭和五二年一月二八日付文書提出命令申立理由補充書第二項記載のとおりである。また、右文書送付嘱託の申立に対し、大阪地方裁判所は、昭和五〇年四月七日これを採用する旨の決定をなしたが、大阪府衛生部はこれに対し「所期の目的達成以外に利用することについては、行政上支障があると考えられます」との理由で右文書の送付を拒否した。しかしながら、右文書中のアンケート原資料は、府下の環境行政をつかさどる大阪府が自ら行なつた調査に基づいて作成した非代替的資料であり、これを独占する大阪府がその環境行政に服しつつ第一及び第二火力を操業すべき立場にある被告との関係において、しかもその操業の適法性が争われている本訴においてその公開を拒否する合理的根拠はなく、行政庁が提出義務を免れる文書の範囲について「公表が法律の規定によつて禁止されている文書、もしくはそれを公表することが国家あるいは公共の利益を害する性質を有する事項を記載した文書」、あるいは「公表することによつて国家の利益又は公共の福祉に重大な損失、又は不利益を及ぼすような秘密を記載した文書」とする近時の判例の趨勢からみても前記大阪府の拒否理由は不当といわねばならない。

(二) また、右文書が提出されることにより、アンケートに対する個々の回答者のプライバシーが侵される危険があるとの点については、被告が挙証活動のため必要としているのはアンケート回答者の性別、年令別、自治区別の分布状況ならびに具体的回答内容のみであり、個々人の氏名を知ることは目的としていないのであるから、プライバシーの侵害を回避する措置は容易に講じうるはずである。右の詳細は、被告の昭和五二年一月二八日付文書提出命令申立理由補充書第二項(五)記載のとおりであり、被告としては、右プライバシー保護の見地から原資料のうち氏名、住所のうち番地(但し、自治区名は明示する)生年月日のうち月日を抹消した残りの部分について開示をうければ足り、右部分を抹消した複写物の提出でも可とするものである。なお、原告らは「岬町の如き限られた地域社会ではその程度のくふうでは他の記載事項から当該個人を特定できる可能性が十分ある」と主張するが、関係者は多数であつていちいち個々人を特定すること等の作業は不可能であり、また、前述の目的からしても、個々人を特定することは無用の作業であつて、関心の対象ではないことを指摘する。

別紙四

原告らの意見

一、右文書のうち1、2については本申立は採用されるべきでないと考える。

その理由は、被告がこれらの送付嘱託を申立てた際に、これに対する第一意見書第三項、意見書(その二)第二項および意見書(その三)第二項において述べたところと全く同様であり、要するに、たとえ氏名等を抹消した複写物であつても、その程度の措置では比較的閉じられた地域社会である本件地元においてはその他の記載事項から当該個人を特定できる可能性は十分にあり、調査対象者のプライバシーを害することになるという点にある。文書所持者である大阪府衛生部は、いわば医師と患者との関係と同様に、調査対象者に守秘を約した関係にあり、プライバシーを保護されるべき調査対象者と同じ立場にあると考えるべきである。

被告は、原告らが原告らの文書提出命令申立に関して展開した民事訴訟法三一二条に関する意見によれば、本件申立が許されるべきであるかの如く主張しているがこれは全くの誤解である。

原告らは、証人義務に証言拒絶権、担当裁判官の訴訟指揮による保護があるように、文書提出命令も、関係者に不測の損害を与える場合にはこれを認めるべきでないことを指摘してきた。本件健康調査の原資料の如き文書は、この典型的な場合であつて、大阪府衛生部としても全調査対象者の同意なき限り到底公開し得ない性質のものである。証人尋問でいうならば、民事訴訟法二七二条、二八一条によりまさしく証言拒絶権の認められる事項にかかる場合なのである。

二、右文書のうち3については、大阪府衛生部の意見を十分に徴したうえ、しかるべく採否を決定されたい。

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